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カント『永遠平和のために』を読む

カント「永遠平和のために」読解。


カントはこの書物で、
平和を希求する根源的な
人間の本能に触れている。


人間には、二つの本能が在る。


平和を願う本能。
戦争を選ぶ本能。


この書物を読解するにあたり、
様々な角度から捉えることができる。


今、私の立場としては、
「一即多」の原理で話を展開していきたい。

つまり、私は全て。全ては私。
私が見る世界は、
私の中に起こっていることと同じで在る。

神道で在る。



さて、平和と戦争の二つの根源的な欲求。
確かに、私自身、人々と仲良くやって生きたいと思う。

と同時に、自分の意見・主張が通らなければ、
嫌な気持ちとなり、それが戦争状態への発露に
なりかねないことも知っている。

喧嘩は、戦争で在るという立場。

社会生活を行ううえで、
我々は暗黙の道徳概念の中でお互いを
分かり合おうとしている。

常識的に考えれば・・・
といったようなことを考える。


喧嘩はお互いの気持ちを、
外に出すことによって喧嘩し、
喧嘩することによって、
お互いが分かり合えることもある。


また、その逆で、
お互い全く理解できない絶対不可能性を
見出すことにもなる。


国家間との戦争。
戦争と言うと国が思い浮かぶが、
一人一人の人間に還元すれば、
全ての人が戦争について議論できるし、
また、戦争を解決できる。


国民法(ius civitatis)
国際法 (ius gentium)
世界市民法 (ius cosmopoliticum)

我々は、こうした戦争状態を忌避するために

国内=国民法、
国家間=国際法、
全世界内存在=世界市民法

この法的整備によって、
法によってお互いの権利を守っている。


カントは、永遠平和のためにできることとして、

世界市民で結集した
「平和連合」(foedus pacificum)によって、
平和を希求するとき、

平和連合が全世界の人々の間で
つながっているかのように

平和を希求して、
平和になるように努力することによって、
永遠平和が保証されると記している。


「平和連合」
つまり、国ではなく、国際連合でもなく、

地球生命体にとって平和を希求する本能に従い、
全ての地球生命体が平和でありたいと、

ひとつにつながり、
ひとつの円になることによって、
戦争状態へと駆り立てようとする一部の人間に
歯止めをかけることができる。

ひとりひとりの平和への願いが、
いつしか「平和連合」を結束して、
いつのまにか戦争状態になりそうな場所
(領土=気=地場=土地=在人間)を
平和状態へと戻すのである。


このつながり、この祈り、
この「平和連合」の概念の創出。
カントの哲学は、永遠平和のための場を創出した。


平和への祈り、
在る者にとっては、
軽いチープな言葉でしかないかもしれない。
しかし、希求する祈りの力によって救われる神秘的なものを
我々は見てきた。

その神秘的なものを
永遠平和のために信じたいと思う。
それが「平和連合」のつながりとなるように。
 
合掌














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